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東京高等裁判所 昭和31年(う)2926号 判決

控訴人 原審弁護人

被告人 栗原正一 外二名

弁護人 丸山正次

検察官 池田浩三

主文

被告人等の本件控訴はいずれもこれを棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人等の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾添附の被告人等の弁護人丸山正次提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

弁護人の論旨第二点及び第三点について。

原判決の認定した被告人等の判示第二、の傷害致死の事実は原判決引用の証拠によりこれを認めるに足り、記録を精査検討し当審における事実取調の結果に徴しても、原判決の右事実の認定が所論のように誤認であるとは認められない。すなわち原判決の引用する検察官作成の実況見分調書及び原裁判所の検証調書、被告人等及び原審相被告人時田重の司法警察員竝びに検察官に対する各供述調書、原審公判廷における各供述、秦野正雄の司法巡査に対する供述調書、警察技師五十嵐勝爾作成の鑑定書によれば、被告人等は原判示第一、掲記の日時江戸川堤防東側斜面において栗原喜一を殴打し又は足蹴にする等の暴行をなし同人がその場に倒れるや、原判示第二、掲記のとおり時田重に命じて同人を監視させ、その間に栗原暉を同所から約二〇米北方の堤防東側低地に運れ出し、青年団会合の際の連絡が悪いなどと因縁をつけて暉の顔面を平手でそれぞれ殴打し、更に同所から約二〇米離れた河原に暉を連行し、その場所で再び同様詰問を続けようとしたところ、暉はなおも被告人等から暴行されるものと考え突然隙をみて其の場から東方江戸川縁に向つて「中野のみなさん助けて下さい」と連呼しながら逃走したので、被告人等のうち被告人岡本は川上から、被告人鵜野は川下から、被告人栗原正一は暉の背後から、それぞれ川縁に向い包囲するような体勢をとつて暉を追跡した結果、暉は逃げ場を失い、やむを得ず江戸川内に飛び込んだため同人を溺死するに至らしめたことを認めることができるのである。栗原暉が逃走した江戸川堤防東側斜面から東方川縁までの距離が所論のように約一〇〇米あり、その川上も、川下もいずれも一面の草生地であるとしても、被告人等が右のように包囲するような体勢をとつて栗原暉を追跡した状況の下においては、暉が所論のように逃げ場を失うことはあり得ないものということはできないし、又原審証人栗原喜一の原審公判廷における供述によると、栗原暉も当時飲酒していたことを認めることができるけれども、暉が所論のように江戸川堤防東側の河原を川縁に向つて走り出した際、飲酒のため誤つて江戸川に転落したものと認めるべき証拠はない。

そして栗原暉は前示のように被告人等から暴行を受け、なおも被告人等から危害を受けることを恐れ、これを避けるため、救を求めながら逃走したが、被告人等から包囲体勢をとつて追跡された結果、逃げ場を失い、やむなく江戸川に飛び込み溺死したものであるから暉は被告人等の暴行に関する動作により溺死するに至つたものに外ならないものというべく、従つて被告人等の暴行と暉の死亡との間に因果関係があるものと認めるを相当とするのである。しからば原判決には所論のような事実の誤認又は法令適用の誤はないから、論旨はいずれも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 加納駿平 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人丸山正次の控訴趣意

第二点原判決には事実誤認の違法がある。

即ち、原判決はその判示第二の栗原暉に対する致死の点につき、被告人三名は川上から被告人精治、川下から被告人明、後方から被告人正一がそれぞれ暉を川縁に向ひ包囲する様な体勢をとつて追跡した結果、暉が逃げ場を失つて止むを得ず江戸川内に飛び込み溺死するに至らしめ、と認定して居る。然し乍ら、原審における検証の結果によつて明らかな様に右犯行の場所は延々数十里に互る江戸川堤防の東側斜面で暉が逃げ出した個所より江戸川迄は約百米、その間は葦等の生えた一面の平地で、若し暉が逃れやうとするならば左右の川上、川下何れの方面へも自由に走れる場所である。而も被告人栗原、岡本の両名の供述は暉の逃げ出したあとを鵜野が追つたのでそのあとからついて行つた旨終始供述して居り被告人等三名が暉を包囲する様な体形で追跡したことを否定している。又その広さから言つて三人位で包囲出来る場所ではない。而も被告人等三名は当時各数合の焼酎や酒を飲んで居り計画的に包囲体勢をとれる様な判断は不能である。然らば原判決に暉が逃げ場を失つて止むを得ず江戸川に飛込んだ旨の判示は全く事実の誤認である。

第三点原判決には擬律錯誤の違法がある。

即ち、原判決は被害者暉が江戸川に於て溺死した事実を被告人等の追跡の結果として被告人等に対して傷害致死罪を適用して居る。然し乍ら、前段説明の如く被害者暉の逃れた江戸川の堤防内は堤防より川迄は約百米、その左右は川上も川下も一面の草生地でその何れへも自由に走れる地域である。恐らく暉は当時酒を飲んでいたので(各被告人並び証人栗原喜一の証言)真直ぐ走つて、誤つて江戸川に墜落溺死したものである。正鵠なる判断力を有する者ならばこの左右の河原に逃れること必定である。凡そ刑法における因果関係は一定の前行事実あれば一定の結果の発生が一般的なることを要し、本件暉が被告人等の暴行を逃れんとして川に飛び込み、溺死したから直に被告人等に傷害致死の責任ありと断ずるのはその因果関係の解釈としては厳格に過ぎるものである。若しそれ原判決摘示の様に三方から包囲する様な体勢をとつたとしても(右認定が誤れることは前段説明の如くであるが)その結果暉が逃げ場を失う様な場所では絶対にない。従つて暉の死亡の結果を被告人等の暴行と結びつけ傷害致死罪に問擬した原判決は違法である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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